シャーベットの伝播

シャーベット紀ノ国屋のアイスクリームとシャーベット。人気商品です。

文化ほど、人と人とのつながりを実感できるものはないでしょう。誰かが発見し、誰かがそれを紹介し、伝わっていく。最初に豚肉を塩漬けにした人や、シイタケを干した人がたしかにいたことも凄いと思いますが、さらにそれを異文化に伝えた人の功績も大きい。古代から、はるばるコショウがインドからヨーロッパまで旅をした史実をみても、そう思います。

中世以降になると、はっきりと「伝えた人」がわかっているものもあります。フランスにフォークとアイスクリームをもちこんだのは、オルレアン公(後のフランス国王アンリ2世)に嫁いだイタリア・メディチ家のお嬢様、カテリーナ・デ・メディチ(Caterina di Lorenzo de' Medici)でした。バターや生クリームを多用する北イタリアの料理が、随行したメディチ家の料理人によってフランスに紹介されたのです。現代の私たちがイメージするフランス料理とそのテーブルマナーは、この出来事をきっかけに発展したのでした。

では、アイスクリームが他国に先んじて、イタリアで食べられていたのはなぜでしょうか。これには、二つの事情がからんでいます。第一は、9世紀前半にシチリア島をイスラム帝国に支配されたことです。当時のイスラム帝国はヨーロッパ人が驚愕するほどの高度な文明をもっており、シチリア島を通じてそれがイタリアに紹介されました(注)。

そのひとつに、冬の雪氷を高山に掘った穴に保管し、夏に掘り出してきて砂糖水をかけて食べる「シャルバート」(アラビア語)がありました。この食べ物が、「ソルベット」として紹介されたのです。シャルバート --> ソルベット --> ソルベ --> シャーベットという伝播です。

第二は、16世紀初頭のイタリアで、物を冷やす技術が発展したことです。パドヴァ大学教授のマルク・アントニウス・ジマラが、水に硝石を入れると、溶解の吸熱作用で水の温度が下がることを発見します。

これをもとに、飲み物を凍らせることに成功したイタリア人は、天然の雪や氷だけでなく、牛乳からでもシャーベットを作ったというわけです。イタリアはイスラムと技術発展のおかげで、シャーベット&アイスクリーム先進国でもあったのです。(F)

注) このルートで、アラビア語に翻訳された大量の古代ギリシア時代の文献も紹介され、それが古典復興運動(ルネッサンス)へとつながるのです。フランスでもなくドイツでもなく、イギリスでもなく、イタリアでルネッサンスが起きたのは、シチリア島のイスラム支配が大きな要因です。