シュガーロード
「村岡総本舗」は明治32年(1899年)創業で、小城羊羹を広めた老舗。いまも昔ながらの手間ひまかけた製法を守る。

司馬遼太郎が『街道をゆく』(1971年から1996年まで週刊朝日に連載)で私たちに改めて教えてくれたように、街道には物語が詰まっています。
その物語には、食べ物にまつわるものも多い。有名なのは福井県小浜市から京都・出町柳につながる「鯖街道」。若狭の海産物が、この道を通って京の都に届けられました。塩をした鯖がよく届けられたために、古くからこの名がついています。
「シュガーロード」は、名前としては新しいけれども、鯖街道のように食べ物にまつわる道のひとつです。佐賀県の長崎街道に名付けられた名前で、その名の通り、砂糖が運ばれた道でした。
それは江戸時代のこと。鎖国を続ける日本の海外との交流窓口は、長崎に限られていました。そこから日本に入る貴重品のひとつに、砂糖があったのです。シュガーロードは、スペイン・ポルトガル・中国からの砂糖やお菓子(南蛮菓子)が、江戸へ向かって通った道のことです。
砂糖がこの道を通っただけでなく、砂糖を使ったお菓子もこの地で多く作られました。当時の佐賀は佐賀藩(鍋島藩、肥前藩とも)の領地。佐賀藩は、江戸幕府から長崎の警護役を命ぜられていた(福岡藩と1年交代で担当)こともあり、砂糖をはじめとする輸入品を入手しやすい立場にあって、人々の生活に砂糖がなじんでいたのです。
とくに明治維新(佐賀藩は江戸幕府を倒した「薩長土肥」の「肥」です)以後、県内でとれる良質の豆を使い、羊羹(ようかん)づくりが盛んとなります(羊羹の起源については、江戸説、京都説、長崎説がある)。現在の小城市(おぎし)がその本場。土地の名をとって「小城羊羹」と称し、佐賀県の名物となったのです。(F)














