ハチミツ(蜂蜜)
リンゴのハチミツ(藤井養蜂場)。紀ノ国屋は、本物の純粋ハチミツのみを置いています。
ミツバチから人類が恩恵を受け始めた歴史は古く、スペイン・アラニア洞窟の壁画に、高い崖で、女性がハチの巣に手をのばしている絵が描かれています。
この絵は紀元前1万5000年のものといわれており、ほんとうに古くから、人類はハチの巣に「おいしいもの」がひそんでいることを知っていたようです。きっとこれは、動物が人間に教えてくれたのでしょう。
自然に営まれた巣のミツを利用するミツバチ任せのやりかたから、「養蜂」へと劇的に進化したのは、19世紀に入ってからのことです。アメリカのラングストロス(L.Langstroth)が、1851年に新しい巣枠を考案。
1857年にはドイツのメーリング(J.Mehring)が人工巣礎を開発します。これによってミツバチの人工飼育が可能となり、近代養蜂が幕をあけました。
枠ごと取り外しのできるラングストロスの巣枠と、ミツバチが巣をつくりやすいメーリングの人工巣礎、これに溜まったミツを採取する遠心分離機がセットとなり、養蜂が産業となったのです。
いまでも、基本的なやり方は変わっていません(ただ、近代養蜂がスタートしてからの100年で、ミツバチの生態の研究が飛躍的に進んでおり、ミツバチとのつきあい方は上手になっています)。
日本においても古くから自然にできた巣からハチミツをとっていましたが、明治10年、明治政府はニホンミツバチよりも管理飼育に向いたセイヨウミツバチを輸入し、近代養蜂をはじめようとしました。しかし、新しく出会ったセイヨウミツバチを相手に、飼育には悪戦苦闘したようです。
試行錯誤の結果、やっと養蜂に成功したのは、約30年後のこと。岐阜県の渡辺寛氏や福岡県の藤井与吉・重二親子らの努力で、近代養蜂が開花したのです。その志は現在も受け継がれており、それぞれ株式会社渡辺養蜂場、株式会社藤井養蜂場として現在も活躍されています。
ハチミツは、たんに花の蜜が集まった自然食品だというだけでなく、ミツバチの酵素でブドウ糖と果糖にまで分解されているため、すぐにブドウ糖を補給できるすぐれた食品です。紀ノ国屋の店頭には、成分をチェックし、人工加糖されていないことを確認した純粋ハチミツのみを置いています。(F)














