利兵衛の醤

利兵衛の醤八木澤屋利兵衛の醤。創業200年記念品。
※こちらの商品は現在は販売しておりません

紀州(和歌山県)・湯浅の地で発見された「溜」(たまり)。鎌倉時代、金山寺味噌造りの過程で、仕込んだ桶からしみ出す汁がおいしいことに気づき、それを調味料にしたものです。

日本人のことですから、その後もいろいろと工夫をしたに違いありません。信長や秀吉が活躍した1580年頃になると、日本で初めての味噌・醤油屋も登場します。これは、安土桃山時代の物流の発展と、それによる商業の発展を示すものでしょう。村ごとに手造りされていたものが、ついに「商品」になったのです。

ルーツからもわかるように、醤油造りの本場は関西でした。関東にも拠点ができたのは、江戸時代からです。人口が急増した江戸の街に、江戸っ子の口にあう醤油が登場します。それがいまでいう「濃口醤油」です。

濃口醤油は、溜の限界を突破するイノベーションでもありました。溜は造るのに3年かかるため、急拡大した江戸の需要に追いつかなかったのです。画期的な新製品・濃口醤油は、1年で造ることができ、巨大な江戸の胃袋を満たすことに成功します。

野田・銚子で発達した濃口醤油造りは、周知の通り、現在まで続く加工食品産業です。その後、同じく17世紀に関西で淡口醤油が考案されます。以来、こいくち、うすくちの2種類が醤油のスタンダードとして定着しています。

醤油造りに変革が起きたのは戦後です。大豆を麹で発酵させた醤油ばかりではなく、「醤油風調味料」としか言いようのない液体が考案されていたりします。それにコストで対抗しようとすると、醤油麹と塩水を10対10の割合で仕込んでいたところを、10対12にし、仕上がったもろみ(諸味)をギリギリまで搾るといった「改良」をしてしまうわけです。まさに水増し。

利兵衛の醤(八木澤商店)は、もういちど昔ながらの仕込みに挑戦した醤油です。原材料をすべて岩手県内で調達し、醤油麹と塩水を10対10の割合にし、できあがった諸味の一番搾りしか使いません。まさにスローフード。

こうした「本物」が、どうしても高価なぜいたく品に見えてしまうところに、問題の根深さがある気がします。その製法と味を後世に伝えることこそ、我々の責務ではないでしょうか。(F)

関連ページ