紅茶とRobert Fortune

紅茶

紅茶紀ノ国屋の紅茶は、産地から直接輸入しているフレッシュな逸品。おいしさで評判です。

『幕末日本探訪記』(講談社学術文庫、三宅馨訳)

日本茶の世界に杉山彦三郎がいたように、紅茶の世界にもRobert Fortune(1812‐1880)がいました。この人も、なかなか凄い。イギリス生まれの植物学者で、インドから中国、日本を旅して、植物を採集した人物です。

「プラントハンター」という表現をされることもあります。1842年、イギリスと清の間で起きたアヘン戦争が終結(南京条約)したあと、中国の植物を採集するために派遣されたのがフォーチュンでした。

彼の手で多くの中国の植物がヨーロッパに紹介されました。フォーチュンのプラントハンターとしての資質は、美しい花や珍しい植物など学術的に興味をひくものよりも、産業として可能性のある植物に生かされていると思います。

その代表例が、1848年からの採集旅行です。イギリス東インド会社を代表して行ったこの中国旅行において、フォーチュンはチャノキの苗を2万株も獲得し、インドのダージリン地方に導入するのです。彼こそ、紅茶と緑茶が同じチャノキからできることを発見した最初のヨーロッパ人であり、インドとセイロン(スリランカ)の紅茶産業を育成した人物なのです。

私たちは古くからインドが紅茶の本場であったかのような、漠然とした印象をもっています。しかし、紅茶産業の歴史は、意外に新しいのです。これは、中国が茶の市場を独占していた、ということの裏返しでもあります。

フォーチュンは幕末の日本も訪れていて(1860年から1年間)、その記録は『幕末日本探訪記』としてまとめられています(講談社学術文庫に訳書がある)。ソメイヨシノをつくりだした染井村を訪れ、<私は世界のどこへ行っても、こんなに大規模に、売物の植物を栽培しているのを見たことがない。>(前掲書)と驚きの声をあげたフォーチュン。

当時の日本の園芸は、間違いなく世界一であり、農業も発展していました。そして彼は、<日本には、私が今まで述べて来た農産物のほかに、「見た目もよく美味なもの」が沢山ある。(中略)おそらく世界中で、日本以外に自給自足できる国は他にないであろう。>と続けるのです。フォーチュンが現代日本を訪れたら、なんと書き留めるのかを想像してみたくなりました。(F)